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「出てくるものだけ」

ライブ活動(歌っている)斉藤めいのブログ https://saitome.localinfo.jp/

また会おう

自分を傷つけ痛みつけることからは卒業したい。

何かとてつもなく切ない気持ちになることがある。

 

誰かに必要とされている人をみたとき、自立をした誰かを見たとき、自分は持たないすべてのものを見たときに、頭では、祝福し、尊重し、誇らしくも思う。それはともかくとして自分は自分なので、自分の進むべき道を進み、軌道修正が必要ならば感情的になりすぎずに修正し、ただ歩いたり走ったり休んだりすればいい。ただそれを淡々をしていけばいいだけのことだとわかっている。頭では分かっている。

なのになぜ、心は切ないのか。

そんなときに、『本当は祝福すべきなのに、切ない気持ちになんかなってる私は弱いんだ』とか『未熟なんだ』とか『面倒くさい人間なんだ』とか、いろいろ思っては、「自分はこんなにもダメなんだから傷ついてしまえばいい」と、自分を痛めつけて解決しようとしてしまう。どこにも向けずに自分に向けることが一番簡単だから。

誰かを羨んだり、妬んだりするくらいなら、自分を傷つけた方がマシで、それは別に自己犠牲なんて尊い精神ではなくて、それに慣れてしまったから。それが一番身近な方法だから。

 

だけどもうそろそろそれも止めにしたい。

私は確かにすぐに哀しくなるけれど、だからどうしたと。誰も惑わせない涙なら、流してなんの罪になる。溢れ出した感情に良いも悪いもない。あるとしたら、それをどういう形で、自分と、自分以外の誰かに表現するのかということだけだ。私が止められなく思ってしまう感情に、良いも悪いも存在しない。

 

私は自分が「誰もが、大丈夫よ」と歌っている歌が、今の自分では説得力を持たないのかも知れない、もしかしたら今の自分が誰かを励ますなんて、足らないのかも知れないと思う。へたくそだし。特にギターが。

でもそれでも歌うと決めた。不完全でも、言葉通りに今自分が全然なれていないのだとしても、それは私が私自身に言い聞かせ、まだ行きついていないとしても、その自分で自分を励ます言葉を信じているからなのだと思う。

 

いいかげん、楽にもなりたい。だけど何も感じずに楽になるくらいなら、辛くてもいいから感じていたいのかも知れない、とも思う。なぜでしょうね。

その先にきっと、まったく違う道からやってきて、似たように感じてきたあなたと、ほんの一瞬でも出会えることがあるからでしょうね。また会いましょうね。

 

 

 

追記:あ。せっかくだから新MVみてくださいね

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