「出てくるものだけ」

ライブ活動(歌っている)斉藤めいのブログ https://saitome.localinfo.jp/

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あまり長く書かないと忘れ去られてしまうよなぁと思いつつも、

消極的な理由では「これを書いたところで何になるんだろうの無限ループで何も書けなくなる期間に突入してた」、

前向きな意味では「レコーディングという音楽を記録する作業を生まれて初めてとても建設的にできていたから、文章で記録することが一時的に必要なかった」

という訳で久しぶりになってしまいまして。

 

レコーディング、誕生日、少なくなった分より濃密になったライブの時間、嬉しい時間は足跡を大きく残して過ぎてった。

 

レコーディングは頭を使う作業かと思っていたけど、全身を使うものだった。

みんながみんなそうなのかはわからないけど。

そもそもレコーディングをどうやるかっていうのを、やる前は誰も教えてくれなかった。だいたいこんな感じ、こんなやり方がある、というのは聞いていたけど。

なぜなら本当に人それぞれのやり方があるから。これが絶対に正しい!というのがないから。

だからとても不安だったし、そして今楽しいのだと思う。もちろんめちゃくちゃ他の人に助けられている。エンジニアに、ほかのミュージシャンに。その道のプロや、私より遥かに慣れてる誰かがいるから慣れない事もなんとかできてる。私ができないことをどう補ってもらうことも含めての、「私の方法」。

クラウドファンディングを支援してくれた人たちにも、金銭という面で補われている。

 

自分の方法を見つけるというのは幸せなことだ。

だけどマニュアルがないことをやるのは、条件があわさった上で、勇気も少し必要で、感覚を頼りに進むことで、たどりつけたのはただのラッキーとしか言えない。

 

このラッキーを申し訳なく思うのではなくて、ならば全身で味わおうと思う。

一つ一つの音が、少しずつ重なって一音一音、1フレーズ、ひとつのリズムを、とても好きな人たちが鳴らして出して、そして合わさって見たことない景色になっていくのを、その中にいることがとても幸せです。

 

 

さようならするのはかつて会った誰かではない。

気付いたらSNSでフォローが外れていた誰かなどではない。

そこにいた少し前の自分だ。でも寂しいことなど一つもない。

準備はずいぶん前から始まっていたけど、捨てる勇気がなかった。

私でさえそうなんだから、優しいあの人ならもっとそうだっただろう。

 

だけどもう一度言う、寂しいことなど一つもないんだ。

だから行こうぜ、と思う。

どこまでも行こうぜ、と思っている。