「出てくるものだけ」

ライブ活動(歌っている)斉藤めいのブログ https://saitome.localinfo.jp/

止めにして、真ん中

もうバカバカしいから止めにしよう。

 

何かの流れを嗅ぎ取って、影響を受けまくって、それを自分の中で消化し 昇華をし、

よし、自分が行動するぞ、というときには、

もうそのことを忘れるのだ。たくさん吸収したら、その次は自分の真ん中だけに意識を集中するのだ。

 

 

私はすぐに何か知らないものを見たら、

「あの人に似てる」とか、「○○系ね」と何かに当てはめる。

でもそういうもんなんじゃないかと思う。それが悪いだなんて、「私はオンリーワンなのに一緒にするな!」だなんて、思うことはないと思う。

きっと本当に理解できるまで、そうやって何かに当てはめる事は過程なんだよ。

理解しようとして、してくれようとして、当てはめているのだよ。それで終わっちゃうかも知れないし、わけわかんないまま終わるかも知れないし、いつかたった一つのものとして見たり、見てもらえるときもあるかも知れない。わからない、まだわからない。

だからそのことに必要以上に気を取られるのは止めにしたい。ましてや外側でしかないそのことに、力をとられすぎちゃうなんてことは止めたい。

 

今すぐじゃなくて大勢でなくても、遅くても小さくても、とにかく自分の真ん中にある、ブレブレでも怠け気味でもなんでもいいから、本当に思うこと、に意識を集中させたい。

大好きなものはたくさんあっても、実際に影響は受けていても、それはそれで勝手に自分の中に吸収されて出ていけばよい。勉強もしたい。外側を、知らないことを学びたい。そして最後は真ん中に戻りたい ということを考える。

 

 

*

そして矛盾するようだけど、『自分の真ん中』に戻ると私の場合は、誰かがいる。

誰かが見守ってくれていることだとか、分かりあえようが分かりあえまいが何か時間を過ごせたことの鮮やかさとか、そういうものがきっと、私の人生の真ん中にあってほしいかすでにあるものなんだと思う。

だから時々、人に惑わされてるようなことも、本心では必要としているのじゃないかと思うことすらある。騙すためじゃなく、愛のための人達。

そして真ん中は、人にそれぞれ違うのかも知れないので、あしからず。

ほらちょっと偉そうなことを言えば あとでゴメンナサイって言いたくなるようなことばっかりだよ

もう二度と偉そうなことなんか口にするかと思う。

たくましくていいですね、と嫉妬して周りたくなる。いいですね、いいですね、あなたはいいですね。

そのとき起こってる嫉妬は、何もかもが表面的なもので、相手ではなく 自分の中に勝手にある、自分の中身が反応しているんだ。何も見えちゃいない。

 

誰もいない空間に向かって、「誰か助けて」と言うのが口癖になってる。

当然誰も助けてはくれない。

物理的には、何も困っちゃいない。

 

いない、いない、いない。

 

たくさんしゃべったらいい感じ、毒も純真も一緒に流れ出た。

受け止めてくれて、ありがとう。

だからなるべく 順序だてて話すことにするね。

業務連絡

お知らせ。ホームページを作成しました。

https://saitome.localinfo.jp/

スペシャルサンクス、ナオタン、けんと。

それに伴い、過去のブログ記事であまりにも文章が読みづらい、分かりにくかったものは加筆修正しました。主張自体は変わっていません。

 

正直、誰かこの、何の公表もしていないこんな文章を読んでるのか?とも思いますが、

「どうせ誰も見ていないだろ」と考えるのは辞めたのです。

 

この前のライブ、半分そんな気持ちでいて、お客さんは当然ゼロかと思ってたら、3人来てくれました。

そのうち一人は、面識はなかったけど大学の後輩で、「密かにツイッター見て、ライブ行く機会を伺ってました!」と言ってくれた。

こんな人が一人でもいるんだから、どうせ…というのはもはや、独りよがりでしかないなと思うのです。

期待はしすぎず、だけど信じていくのです。

 

でも本当は、本当は、

今日のコーデは花柄ワンピ☆

とか、

今日のランチは表参道のイタリアン☆お友達のナオタンのバースデー☆☆いつもアリガト、感謝!☆ナオタン大好き☆☆

という雰囲気の日記を私も書きたいんですよ、結構本当に。

 

あ、お知らせだけの短文にしようと思ったのに、なんか湧いてきたからこのまま書きます。なぜか今日はですます口調な気分。

 

最近本当に、現代人らしく、ネットでのいろんな人の意見を(具体名を出すと主にツイッターで)見ます。自分では収集しきれない情報が、関心のある人つながりでどんどん入ってくることは有難く、知らずに過ごさなくてよかった、と思うことが多いです。

一方で情報プラス・誰かの意見、を見続けていると頭がパンクしそうになる。

前も言ったけど、すべての人が正しくて、そして雑音だらけだ。

何が正しいか、何が正義なのかは人それぞれで、おおよそ自由でいいんだけど、短くて膨大な情報の中の、何を選ばず何を選んだらいいのか分からなくなっていました。いや、選び取っていく中で、「この選択は正しいのか?」と思うようになったのです。

 

これは嫌だな、と感じてシャットアウトしてしまうものも、「自由でいい」はずならば、本当はそれも受け止めて認めないといけないのか?などと考えたり、

自分が「これがいい!」と思う意見も、偏っているだけで都合のいいものだけ取り入れているだけなのか?と考えるわけです。

 

でもある人と話した中で、少し見えた気がしました。自分がどういう理由で何を選び取っているのか。(感情的なくせに 自分の思考に理論的な理由をつけたがるめんどくさい斉藤)

 

「人は突出したものに対して、『自分はこうだ。見てくれ!自分も存在してるんだ!』と、すがりたくなるんだよ。自分は行けない場所にいる相手に、乗っかりたいんだよ」

と、何気なくその人は言ったのですが、それを聞いた瞬間、あぁ、と。すべて解かれたような気持になりました。それならすべて許せるじゃないかと。許せた上で、振り分けてしまう自分のことも分かるじゃないかと。どんな振り分けかというと。

 

言葉には、『自分はこうだ!』と、突き詰めれば自分の存在を主張したいだけのもの と、 言葉の奥に、大げさなことじゃなくても『人、世の中、この先のこと』の為のことが書かれているもの があるのだと。きっと私は後者を選び取っているのだと。

 

前者も、とても人間っぽくて否定するまでもないし親しい人ならむしろ見ていたいものではあるんだけど、他人のものもすべてを見出してしまったらキリがなくなってそれこそパンクしてしまうようなもの。

後者は積み上げていくもの。無駄なものが嫌いなわけじゃない、でもイチミリでも繋いでいけるようなものが好きなのだ。

だから私はこれでいいのだ…と自分をしっかり正当化し、

しかし結論としては、まあ難しいことは考えすぎないで、楽しみましょう だと思ったのであります。

 

ぐるぐるぐるぐるぐるぐる回ーるー。

 

ですます口調終わり。

地位も名誉もお金も手にしたあの人が、死ぬゆく自分のことを、「仕方ない」と言っていた。

私は、本当は孤独なくせに、と思った。どんなにお金があったって。そして勝手だな、と。散々良いこと言って、生きていてほしいと思わせておいて、自分の命はおろそかにし他を優先し、『何が大事かは人ぞれぞれだ』と、お前にはワカランよと言わんばかりに言う。

いや、それともやっぱり私の方が無知なのかしら?命が一番大事なんて綺麗ごとで、そういう生き方だってあるのかしら?多分その人と同じ年くらいにならないとわからない。今は考えたって分からないよ。一生分からないかも知れないよ、人それぞれだもんね。なら生きていてほしいと思うのだって勝手だよ。

 

いかん全然業務連絡じゃなくなってきた。

今日はマキさん、エツシさんという、いつも私を面白い場所に引っ張ってってくれる、素敵なおにーさん達に誘われて急遽、下北沢ぷあかう で歌う。素敵なことが待っている、私には。それに罪悪感を感じる必要なんてないはずだ。

 

どう生きるのも、勝手かって、ああー。業務連絡、秋です秋です。

猫がいる

飼っていた猫が外に出てしまって戻らない日があった。

18年間で初めてのことだったので、祖父母なんかはもう「あの子はもう戻ってこない」「猫らしい猫だったねえ」とか言って悲しみのあまり既に猫トイレなんかを処分し始めてしまっているから、

まだ帰ってくると信じてたはずの私もなんだかその気になって、私が小学生のときもらってきたことを思い出したりとか でも世話は祖父母にまかせっきりになってしまってて ダメな飼い主でごめん、でも楽しかったよと感傷しながら、大号泣していたのだけど、

夜が明けてご近所さんから「お宅の猫がうちの庭にいますよ」と連絡があった。

 

 

ほら老人はやっぱり諦めが早すぎるんだよと自分を全部棚に上げてダッシュで迎えに行って、50mしか離れていないご近所さんちの庭の室外機の間にちょこんと座っていた猫を、抱き上げて連れて帰った。

猫は死ぬとき誰にも見られない場所に行くというけど、それは体調が悪いと静かで暗い場所に行きたがり、そのまま亡くなることがある為そういわれる、と聞いたことがある。

いずれにせよ体調が良くないようなのは確かなので平日休みに病院に連れて行く。

 

それでもなんでも、もう一度会えて良かったなと強く思った。

あれが最後だったのか、もっと可愛がっていれば なんて、お決まりの後悔はしたくなかった。猫らしく最期はひっそり、なんてなくていいから、もう家猫、野生よりも家の猫なんだから、いつか息を引取るなら家族が見守る暖かい場所でにしてくれ。

なんて 全部エゴなのかも知れないなあ、と思いつつも、帰ってきてぐっすりといつもの籠の中で眠る猫を見たら、多分本人(猫)も悪く思ってなさそうだなと思ってしまった。これもエゴかしら。

 

昔の職場の、アバンギャルドな写真を撮る後輩が、「猫の写真はいいな~、炎上しないですもんね」と言っていたのを思い出した。(負けるな)某法師が「犬猫は人間より高尚な生き物だから」と言っていたのも思い出した。

猫ブーム、癒される、にゃんにゃんかわいーって、そんなん知らないけど、 抱かれるのが嫌いなのにさりげなくいつも近くにいて、ふてぶてしく写真写りが悪い その調子で、なるべく長く居てほしいもんです。

親バカ終わり。

 

 

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地面

良いことばかり起こりすぎても「調子に乗るなよ」って自分で自分に言い聞かせてるので、

いつもは面倒くさいばかりの強すぎる自制心、自意識過剰も、こんなときには役に立つもの。

 

地に足をつけたい。別に真面目になろうとか常識的になろうとかそんなもんじゃなくて、夢みたいなことにばかり捕らわれないで、自分の実力に沿ってるところに居たいんだよ、だってたまたまのラッキーが続いたとしても、自分が追い付いていなければ、そんなのだんだん消えてく幻でしかないだろ。

 

「誰とも『また仲良くしようね』なんて思わない。出会ったら、『こんにちは、さよなら』だ」

 

そう言った人がいました、でもその言葉に冷たさは感じない。鮮やかに通り過ぎる人たちの、そのすべてが愛おしい!と思ったとしても、絶対に留まらない。

「どうか私のことは思い出さずに、あなたの道をどうぞ」という感覚はおそらく、とても根源的なもので、寂しさや弱さ、 または現代的な何か道具の中に隠しているとしても、その感覚は過ぎ去ってしまうことはないと思う。

 

1か月前に書いて保存していた下書きがそのままだったので掘り起こして書いている文章。

時間が経って「なんでこんなこと思ってたんだろな」と思うこともあれば、

「わかってたんじゃんか…自分 じゃあ早くやれよ」と思うこともあって、

まさに今、後者なので、少し手を加えてあえてそのまま続きを更新してみてる。

 

すごく考え方が素晴らしいなと思う人がいて、その人が書いてる内容のマネを少しだけしてみるんだけど、

ちっとも素晴らしくならなくて、むしろ肩が凝ったりしちゃって、中途半端に自分を削るのは良くないことなんだと本当に思い知ったりする。

こういうのは、自分のやりかたで動き出してしばらくして忘れた頃に、 自然に「あ、影響受けてるな」と気付くくらいでちょうど良いんだ、言葉やなんかで受けた影響なんて、しょせん縁取りだけをなぞってみてるのと同じ事なんだよ。

 

実際に自分で試してみないとわかんない。

 

自分で試してみないとわからない。

自分は特にそういう人間で、そして 私はこういう人間だからどうや!って威張る気なんてまったくないどころか、「なんでこんなんなんだろうか」と思うことの方がずっと多く、人の言う事や周りの状況から 先回りして何かに気付いて颯爽と行動をしたりすることがどうも出来ないし、遠回りしてやっと気が付く、散々転びまくったあとで、という繰り返しだった。

「そっちはダメだよ」と散々優しい注意を受けても、自分で「あ、ほんとだ、ダメだった崖だったわ」と、見てみるまでは止まれない。

いや違う、これはちょっと恰好つけすぎた例えで、実際はもっと臆病かつ自意識過剰に

「そんなの誰も気にしないよ!」と散々言われても、「いや!みんな私の一挙一投足に注目してるはずなんだから!」と思い込んでいる、というレベルの恥ずかしい勘違いをしてたんだと思う、それを解くのに時間を消費してきた。

対 人に関しても、「そいつは悪い奴だよ」と言われても「でも良いところもあるはず(私を必要としてくれているし)」と、客観的に見たら『なんであんなのにひっかかるかな?』と、DVとかネットワークビジネスだとかによくある心理状態を全然笑えない状況に、自分も居たのかも知れない。

 

そうして、そうやってきたのに、まだ、「色々学んで、だいたいを理解をしました。大人になりました」なんて言えない。自分なんてそんなに信用できないんだよ未だに。

遠回りこそ近道で、いろんなものを見てきた分いろんなことを吸収できただろうって、きっとそう言ってくれる優しい人はいるだろうし、それもそうだなと自分を振い立たせることはできる。でも未だに、自分の判断には自信がないことが多く、的確な判断をその都度できるなら羨ましい、その能力を私にくれと思ってしまう。

何を基準に、何を信頼したらいいか、何を軸に置いたらいいか、本音を言うとブレてブレてブレまくりだ。いや、「この人は絶対信じられる」「このことだけは絶対だ」というものは、あるんだよ、私だって、確かにあるんだよ。

でも難しいのはその中間のもの。黒か白、それ以外をバッサリ切り捨てることも、取捨選択することも、本当に突きつけられると苦しくなる位だ。正直信頼できる誰かに選んでほしいと思うくらいに。

 

誰もが「自分を持ってる」だなんて、思わないでよ。誰かの判断に頼ってばかり、一人で生きてくならせめて、普通にやるだけで精一杯よ。なるべく最良の選択を、その場その場で選び取っていくだけ。

”絶対的なものがここにあります”も、”自分はこうです”なんていうものはなく、

それを作っている途中の自分、何者でもなく、少しは苦い思いをしたとしても、最後には何にも従わない自分が今ここに居て 

流されるでなく流れ続けているということだけに意識を向けるのです。それが宙に浮いていて地面らしくないけど私の地面です。

 

頭が宇宙になってきたので、このあたりで言語化おわり。

 

 

 

 

夏を守る人   (長い文章です)

怒涛の夏が過ぎた。いや、まだ終わってないと思いたいんだけど。

なんだかとてもたくさんの、自分でも驚くくらいの人達に出会って、それは途方もなく暖かい人であったり、私や世界が作っていた 境界 とか 限界 とかとにかく『なんとか界』なんていうものはまるで「最初から無いものですよ」と当然のように振る舞っている自然な(私にとっては驚異的な)人達であったり、しかもそれはずっと私がCD越しに聴いていた音楽を 作った人であったり。

140文字に収めろなんて言われたらそりゃ陳腐な表現にもなってしまうときもあります、ゴメンナサイね。

 

すごい人の側にいたからと言って、自分がすごくなれるわけではない。それを勘違いしてしまったら、私はずっと勘違いで、そのすごい人達に本当の意味で近づけずに遠いままだ。

それを私に問わせるかのように、本当にすごい人たちは、本当の意味で優しい人たちばかりだった。変わらぬ距離で話し、良い意味の軽さで訪れてきて、 サッと誰かと誰かをものすごい引力で繋げたかと思えば、眠った人に自分の羽織物をそっとかけてくれるような優しい人達だった。

そもそも「すごい」ってなんだよ。そう、そもそも私の「すごい」の中に『変わらぬ意志を貫き続け、戦い続け、その苦しさを知りながらも(いや知っているからこそ)優しい』という意味が含まれて、それこそがすごいんだよ。だから本人たちは多分周りの目ほどはすごいと思っていない、だって有名とか権力とかそういうスゴイとはまったく別物だよ。

優しい人は、また別の誰かの優しさを守るために戦っているとも言えるのかも知れないと思ったら泣けてくる。

 

「空は泣きそうだけど、どこか笑っている」

私の大好きなソウルフラワーユニオンの『サヴァイヴァーズ・バンケット』という曲。ソウルフラワーユニオン自体が、明るいのに泣きそう、泣きそうなのに笑っている存在なんですけど私の中では。

この夏全体にそういうものがすごくあって、私は、この人生が切なくて懐かしいものになる。まだ一度しか生きていないはずなのに、そんな優しい誰かが生きているおかげなのだよきっと。「可愛くキスして裸で抱き合いましょう」!

 

大阪での遠征ライブ、@難波ベアーズ。

大阪のUFO CLUBと言われている難波ベアーズ。私もUFO CLUBに残骸としてでも出演してる身だし、オシリペンペンズとかクリトリック・リスも出てるライブハウスだしおもしろそー!と思って出演依頼してみたら、お盆で休みの日を、人を集めてやることにしてくれた。ブッキングの黒瀬さんに大感謝。

共演の四万十川友美さんを絶対女性だと思い込んでたら男の人だし、なんかとても自由だし「東京からわざわざ来たんやろ」ってケーキをくれたし。なんかもうヤラれた。このあったかさが関西ですか!って、もう私をヤルのなんて簡単ですよ。

もう一つ共演はバンド、桃色神社。ああ大阪来たなあってここまで思わせてくれるバンド、他にいなかったんじゃなかろうか。コントと暴れる音音音。お客さん大爆笑。あんなんやられたら、「私って、まだまだ薄っいんだなあ」と思ってしまうじゃないですか。

自分のことでは、新しい地だからって力入りすぎてたな。もっといつものままやれば良かったんだ。と反省しきりなんですが、ライブ後に黒瀬さんと桃色神社のみなさんと、打ち上げ後の定番らしい大阪王将に連れて行ってもらえたのは本当に楽しかった。

そもそも『関西人』を良い意味でも大げさな意味でも「みんな芸人みたく面白い」とか美化しがちな関東人だとは思うんですが、でもやっぱね、面白いよ。

会話のテンポが速いんだけど、居心地悪いときに感じる「私がなんかしゃべったら、この場の空気変わっちゃうんだろうな」というのが無い。いい具合に拾ってくれるし放っておいてくれる。その場にとりあえずいるだけでも楽しいや、と適当な気持ちになる。別に『関西人』という括りではなくてこの人達だからなのかも知れないけど、まあ、コロッと大阪大好きになりましたよね。

最後に送ってくれるついでに皆さんと大阪・ナイトハイキングしたのも、前に観光で来たときの大阪と違った景色がたくさん見えた、本当にありがとうございます。

また、行っても、いいですかね、・・・。

 

その後ちょっと精神が荒れた状態で奈良に行き、なんとか鹿を撫でつつ 大仏を見上げつつ、また大阪に戻り、今度は友人が紹介してくれた梅田のバーに行く。

ここでもちょっと歌ってみる?という感じだったのだが、凄まじい体調不良と、合コンらしき催しで楽しそう盛り上がってるグループがいらっしゃっりましたので、とてもとても・・・ということでお酒を少しだけ頂いてマスターとお話しするのみにしました。良くしていただきありがたい。そして『考え方は自分と違うけど、この人おもしろいなあ』という非常にグルーヴィーな内容のお話が出来たので この日も良い夜に。

 

翌日親戚(祖母の姉、一応おばさんと呼ぶ)のいる京都へ。

あ、この辺からは、もはや楽しい観光です。

次の日和歌山に移動する予定だったので、もうーゆっくり休みたいと、おばさんちで寝て過ごそうと思っていたけど、少し昼寝して美味しい冷やし中華食べておばさんと話して、フラッと散歩した。

でも京都の”フラッと”は、『枯山水の庭園があるお寺』とかにすぐぶつかるわけで、非常に趣レベルが高いわけです。

結局 フラッと散歩 にやみつきになり、調子に乗って、夜も鴨川の方までバスで行ってフラフラ歩いて帰っていたら、帰りが遅いのに心配したおばさんが私を探しに出てきたようで、丁度家の少し前で出会った。

「あんた心配したよ!駅まで行こ思て」「でも無事で良かったわあ」と、90歳なのに、足悪くて近所のスーパー行くのも大変と言ってたのに、心配してくれた、おばさん。

泣きそうになって、おばさんごめん、自分は勝手にフラフラと自由にやってるだけで、こんなに心配してくれる人がいるなんて思っていなかったんだよ、勝手でごめん。くそやろうな若者でごめんと思った。

携帯があるから電話してくれれば良かったとか、今の私たちの発想なら迷わずそうなるけどさ、携帯どうの、とかじゃなく、自分を顧みずに心配してくれる その原始的な優しさをせめてずっと忘れずにいようと思った。くそやろうな若者のせめてものお詫び。

 

おばさんの話を楽しく聞いて、普段思い出すことのない親族のことを考え、いかにも日本らしい和室で眠る、貴重な夜。

「めいちゃんに会えるのは最後かも知れないねえ」というおばさんの言葉だけは真実にならないように念じつつ、早朝、見えなくなるまで見送ってくれるおばさんに手を振って出発した。

 

それから京都駅で くろしお号 に乗って和歌山。

私は結構国内旅行が好きで、日本の県は結構行ってると思うんだけど、和歌山、福井、富山、山口、滋賀だけはまだだった。

そのうち和歌山は、陸の孤島那智勝浦』がずっと気になってた。三重や大阪奈良、どこから行っても遠いけど、でも海沿いにずっと続く線路やら、熊野という歴史ある秘境やら、何かもう良い予感しかしない上に、最近好きになったブルースギタリストの濱口祐自さんの故郷(むしろ在住地)でもあるから、車窓を見ながらそれはもーわくわくしてた。

海が見えた。どんどん青くなっていく。一度だけ行ったことのあるニューカレドニアに風景が似てた。日本のニューカレドニアだ和歌山は。

 

「ここは串本、大島が見える~♪」とおばさんが歌ってくれた(こういう歌があるらしい)串本駅についたら、貴美ちゃんが迎えに来てくれた。

貴美ちゃんはカメラの巨匠と言われる人の元弟子で、すごくいい写真を撮る(今は撮ってないらしい もったいない)、私にとって「こんな女友達が欲しかった」という友達。おおよそ芸術とは無関係な場所で出会い、3度くらいしかまだ会ってないけど、よく貴美ちゃんの良さを発見したわ私 と褒めたくなるくらいにかけがえのないのですが、そんなことって、あると思うんだよね。うふ

 

本州最南端の串本の絶景を見て、貴美ちゃんと暑さのせいで2秒で溶け出したアイスをダラダラこぼしながら笑い、序盤からいい予感しかしなかったけどほんとにいい事しかなかった。

貴美ちゃんのお母さんは、私が行きたい!と言った場所にことごとく「そこつまんないわよ~うふ」と謙虚に?言ってたけど、

そんなことないです、もうね、和歌山、ほんとに、素晴らしい。ほんとにほんとにすばらしい。日本の中でも素晴らしいと思ってしまうよ、順位なんてつける必要ないけど。

あのね私的に、『PRが出来てないだけで素晴らしいじゃないか県』で、今のところ山形とツートップだ。(素晴らしくてPR出来てるところは省いている)

海も、山も、熊野大社も、貴美ちゃんと語りながら浸かった冷たい川も、

某有名ホテルに忍び込んでみた、街と海が見渡せる絶景も

お兄さんに連れってってもらった花火と 高原からの星空と、ギターをみんなで回し弾きして、お兄さんのキヨシロー熱唱を聴いてたことも。

そしてバーベキューしてたところに濱口祐自さんが登場して、「この土地で生まれたんだなあ」っていうのが不思議とわかるような音のギターを弾いてくれたことも。

全てが完璧な夢のようでした。いや、夢で想像する完璧よりも完璧でした。いや完璧とか言いたくないけど完璧なんでした。しつこい。

 

前に、友人に、各地のリゾートに格安で宿泊出来たるリゾート権を買わないか、という話されたことがある。なんかマルチ商法なのかも知れないけど、うまくやれば魅力的なのかも知れない、とか思った。いや純粋に思った。2万位するホテルに、数千円で泊まれるというもの。へーすごいじゃん、器用なやり方じゃん、って。

それでも、価値観はそれぞれだけどね、こうね、地元の人に案内してもらい、とっておきの場所とか見たり、私はすぐに帰ってしまう旅行者だとしても一瞬でもその土地で家族みたいに接してもらえたりすること以上に、旅をする幸せなんてないと思う。どんな高級リゾートより、私にとってはな!

出会った人たちにありがとう、なんて胡散臭いことは極力言いたくはない、ただ私はこれからも「和歌山最高だよ」とか「いい旅だったな」って勝手に思い出したり言いふらしたりすることで、この言葉をお世辞じゃなく本当のものにしていきたいんでした。

 

と、毎年なぜか夏にする旅は良い旅になってしまう斉藤は、

これだから夏は好きなんだよ!と思いつつも、さすがに休みなく活動しすぎて急激ダウン。昨日とか超ダウン。約束してたみなさんに迷惑をかけた。ごめんなさい。優しい人に甘えすぎている・・・。ああー少し休んだら、またやるか、やるしかない。

たまにつらいけどやるしかない。やらされている、とは違う、生かされている、とかそういう意味で、どうせやるようにできている、という気はしてる、勝手にしてる。

どーか、もうちょっと、ふんばれますように。

 

とりあえず近日のライブ告知です。

8/26(水) 下北沢ラグーナ http://www.daisybar.jp/laguna/
  開演 18:40- 出番 19:15- 共演:野村洋祐 / オトウトの課題 / 澤寛子 / 握月
  前売 \1,500-+D 当日 \1,800-+D

急遽、代打出演!


8/28(金) 大塚Hearts+【※THROPSのコーラスとして出演】
  http://hearts-web.net/plus/
  開演 18:30- 出番 18:30- ヒカシュー / うみのて / テンテンコ
  Opening Act : THROPUS
  前売 \2,800-+D 当日 \3,300-+D

すごいよ!コーラス参加だけど、フジロックサマソニ出場の大御所と対バンだよ!


9/1(火) 高円寺CLUBroots! http://www.muribushi.jp/
  開演 19:00- 出番 20:00以降  共演:池永芽
  前売 \1,200-+D 当日 \1,500-+D

めいめいの日。

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。(OL)

深い緑の景色のなか

父方の祖母が息を引き取ってから20日が経った。

一緒に住んでいた訳ではなく、父母ほどには近い身内じゃないとはいえ、隣町に住み、2ヶ月に一度は会いに行っていた間柄なので、感傷に浸るくらいは良いでしょ、と自分を許すので祖母のことを書く。

 

十九で本家に嫁ぎ、姑問題で苦労し、3人の息子を産み、三十手前で夫を亡くし、糖尿病を患い、そして3人の息子のうち2人に先立たれた 祖母の人生は、こう書いてみるとそりゃあ大変なものだっただろうな、と想像はつく。

祖母本人はそれを思わせない、いたって穏やかな優しい人だった。そんな苦労は私は本人からは聞いたことなかったし、悲壮感を漂わせるようなことは決してなかった。

でも私は孫だから、孫の前で弱音を吐かなかったのかも知れないと思う。亡くなる数日前に、伯母さんの前では「私の人生はなんだったのかねえ」と病床で呟いていたというのだから。

どうかその言葉は、体も弱ったときの最後に出た本音だったとしても、ずっとそう思い続けてきたわけではないと、そして本当の最期は安らかなものであったと、願うしかない。生きている人間が自分が安心したいがためのこじつけだとしても、勝手にでもなんでも、そう思っている、勝手に思っている。

すぐ近くの隣町なのに、「埼玉ってこんなに田舎なのか」と思ってしまうほど林の中にあって、幼い頃から時間が変わっていないようでいて 手入れする人が少しずついなくなっていき同じではなくなっていく風景。

哀愁に浸ることを自分に許して全身で吸い込んだ。 変わらずずっとそこにいる。変わり続けて留まらない。どっちも自分の中にあるような気がした。

 

暑いのが好きで、寒さに比べたら耐性もある、と思っていた自分でも ああ疲れているなと思うくらいに暑くて、

でも汗をかいて手で拭うことができるのも、生きているからなんだと思えるから 夏はやっぱり好きです。

まだぐっと私の手の中にお小遣いをこっそり渡すおばあちゃんはまだ隣町に行けばいるんじゃないかと思う、よくある錯覚。だって受け取ることが孝行だと都合よく思っている自分はまだいるのだし。それでも笑顔を、友人の前では朗らかで家族の前では言葉少なかった優しさと不器用さ、 私が見ることのできたすべてを、忘れないよ。

 

 *

最近すごい人達のすごい表現をみて、ああ 年をとったとしても、もし何か成し遂げられたとしても、戦い続け考え続けなくては と思う一方で、ものすごく落ち込んだ。こんな表現ができる人がいるのだということで、自分の小ささに気付いてしまった。それでもいつだってやるしかない、でもいつか何かになるのだろうか? ということを、延々と考えている。

「あの人はすごいよ」「ああいう風にならなきゃ」

確かに自分の中に嫉妬の感情もあることは認めている、だけどそれをもう言われたくない。

それは自分の中の醜い感情との戦いというより、外側からの勝手な意見に辟易としているということより、「おう、素晴らしいね、わかってるぜ」と素直に思う気持ちが揺らいでしまうから、揺らぐことに疲れてしまうからだ、出来ればもう聞きたくない。みんながみんな同じことを言うなら、そもそも芸術なんて表現なんて必要ない。狭めないでくれ、誰かがやろうとしていることを、私がやろうとしていることを。

あの人が生命を燃やしてやっていることは当然素晴らしくても、周りが評論家になった途端に色褪せて見える、何かきれいな風景を携帯のカメラで下手くそに切り撮ってしまったときの気持ちに似ている かどうかはわからないけどとにかく 悲しくて悔しい気持ちになるのだよ、ひねくれているだけ、では済まない程度には。

やっぱりただの嫉妬と負けず嫌いかも知れない。 くそー。

 

*

もうすぐ大阪に遠征に行きます。初遠征とかどうなるのだろう、例え受け入れられなくって滑って何にもならなかったとしても、大したことじゃない。でも期待はしてしまう、何か良いものに会えるんじゃないかと。

その前に石巻(ライブはしないけど・・・観る)、ああ、夏は忙しくていい!と去年も言っていた気がする、なぜか毎年そうなる。